7月 2, 2015 マッケンローを語ろう (今回はちょっと長め) 今年もウインブルドンが始まりました。錦織選手の活躍で日本はテニスブームだそうです。やっぱり強い選手は、一瞬にして子供たちの夢を牽引することができる。スバラシイ。僕の子供の頃はボルグ・マッケンロー時代でした。あれから現在までのテニスをていねいに見てきたわけではないけれど、あの時代はテニス界にとって奇跡の数年と言えるとおもう。彼らがコートを去った後、それなりの選手はでていても、あれほど光を放っている2人は見つけられないもの。僕はヘビーなマッケンローファンだった。今思い出しても、プレーも仕草も、あのもじゃもじゃ頭も、ぜんぶ好き。売れないロッカーのようにいつもカリカリして不満を爆発させるマッケンローを、マスコミはとかく悪童とはやし立てたけど、彼のプレーはサーブからフィニッシュまでを緻密に組み立てたものだったから、不当なジャッジに怒るのは当然で、今も昔もマスコミは、プレーの中身よりも、そういう個人攻撃のほうが好きだ。そりゃ、怒るよね。四面は無能の人たちだらけなんだもの。なぜ僕のプレーが理解できないんだ。理解しようとしないん だ。マッケンローはずっとそういう悲しみを抱きながらプレーしていたように僕はおもう。世の中はみんな絶対王者ボルグの味方だったし、今以上に王立ローンテニスクラブは権威に満ちていたから(ウインブルドンとボルグはセットのように見えた)、そこに一人で立ち向かうマッケンローの姿は、ヒーロー以外の何者でもなかった(これはもちろん僕の勝手な妄想)。 プレースタイルも100%オリジナルで、サーブなんて失禁しそうなほどカッコイイ。なんでもかんでもトップスピンを打とうと下から上にこすり上げるボルグのストロークは、フラットが全盛だった当時にそうとう変わったものだったけれど、マッケンローのストロークはそれ以上に変わっていた。簡単に言うと、彼は振らない。ラケットの面を作っておいて、飛んできたボールにぶつけるだけ。相手の力を利用してはね返す、ボレーが進化した究極のストロークと言えるかもしれない。いくらボルグが強力なトップスピンを打ち込んでも、まさに壁のようになって跳ね返す。だって打たないんだもの。だからマッケンローのストリングスは、46ポンドという超ユルユルだった。しかもトップスピン対策として、ラインから下がらず、ライジングでボールをヒットする。ラインから下がらないから、ネットまでの距離も短い。ボレーがしやすくなる。ちなみにボルグは86ポンドだったはずだし、アマチュアだって55ポンドくらいで張っていたんだからさ。マッケンローの存在自体が、いかに従来のテニスへのアンチテーゼだったかがわかる。かっこいいなぁ。 何年の決勝戦だったか? ボールをヒットしたボルグのラケットがすっぽ抜けてしまった。丸腰になったボルグは、足で応戦しようと腰を落としてマッケンローのボールに身構えた。それを見たマッケンローはしめたとばかりにハードヒットでコートの隅にフォアハンドを打ち込んだ。そりゃあ、そうだ。1ポイントだって無駄に出来ない決勝戦なんだから。・・・んなわけないでしょう。まあ今の選手たちならそうしたかもしれないけど。マッケンローはボールをヒットした直後にボルグの異変に気がつく。サッカーのようにインサイドキックでボール返そうとするボルグを見て、マッケンローもラケットを放り投げて足で応戦しようと腰を落とした。会場からは大歓声がわき上がる。悲しみが似合う天才は、することなすことぜんぶカッコいい。 テニスも道具の進化でプレースタイルはずいぶんと様変わりしたみたいだけれど、IN ... 0 comments