死んでいるチョコレートムース

生きることは表現することだと誰が言ったのか忘れたけれど、つくづくその通りのようにおもう。言い換えれば、表現することがないのは死んでいることだ。死んでいる人生。おそらくは僕がこれまでに経験したことのない感覚。ビル屋上の淵、それが大げさならば水のないプールの淵のぎりぎりのところを歩いているような毎日が続く。なにがいつ欠落したかは自覚がない。自虐的になっているわけでもない。気がつくと、食事からすっかり味が失われているようなかんじだ。味がしないチョコレートムースをどう言い表したらいいかわからない。そこにはかつてのチョコレートムース的記憶だけが漂っていて、目の前の実体とは観念で結びついているにすぎない。死んでいるチョコレートムース。おそらく、似たような経験をお持ちの方もいらっしゃるでしょうけど、味がしないというのはあくまでも比喩ですからね。僕はこれから鴨汁そばをいただきます。

きょうも、ぜんぶ、生きようね。おやすみなさい、悪いコたち。

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  • 心沁 says:
    4月 22 at 04:53

    まったく同感です。
    これからの世の中、日本的な感情、感覚が世界をリードすると仮定すれば、“滋味”、“慈味”を味わい尽くすことが意外といけるかもです。

    本日も味わっております!!!

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    1. hammer says:
      4月 24 at 08:39

      日本的なものを世界中の人とシェアするのって、けっこう大変ですよね(汗)。人類は皆兄弟っていう前提があればこそですが、日本人はそこに組みしないから話がややこしくなります。おそらく、女性的感覚がリードするのは間違いないと思うんですけどね。

      reply
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