
僕らのなかには、考える計りと感じる計りの、2つがあるような気がします。考える計りの心臓には、前人たちの教えがあります。感じる計りの心臓は、ジブンの魂の動きです。このどちらを優先するかは、各人によって異なりますが、たいていの場合は「考える」ほうを選択してきたようです。それは感じる計りよりも前人たちによるデータの蓄積の方が、より信頼に足るからだといえます。しかし、ここへきて、これまでのデータに狂いが生じてきているようにおもえる事態が頻繁に起きています。象徴的なのは、経済におけるあらたな動きです。前例が当てはまらなくなっている。それは経済が経験する初めての局面です。前人たちが築いた対処法が無力化することを目の当たりにして、その時、信じるものは、蓄積された過去のデータからジブンの魂から発せられる信号に変わりました。それは「感じる」というジブンの魂の動きを信じる時代の訪れなのかもしれません。言い換えれば、ジブンの感性を打ち消し、世の中に流通している考えのほうを優先させるという習慣を終える時ではないかとおもえます。つまり、これからの時代の答えは、それぞれの魂のなかにあらわれる。正解は、感じた人のなかに、感じただけある。これからは、各人がもっている感じるという計りを研ぎすますこと。価値が多様化する時代とは、いろいろな感性があふれる世の中のはじまりといえるのだという気がします。
世田谷は、今日もいい天気でした。風がなく、たぶん例年よりもあたたかな一日でした。
