ディープサウス

オールマンブラザーズ!

といっても、若い人は知らないだろうけど、もしも「あなたに影響を与えたロックバンドを一つ書きなさい」という設問があれば、僕は間違いなく彼らを選びます。華やかさやポップス的な要素はうすいけれど、いまだに聴いていて飽きないのは。。。いえいえ、理由なんてわかりません。ただ強いて言うなら、多感な頃に聴いたから、じゃないでしょうか。つまり、すり込みがオールマンだったということで、もちろんその頃のロックバンドには、もっとカッコイイ人たちはたくさんいましたが、でもどういうわけか、クイーンなどには見向きもせず、僕はこっちのロックのほうへいっちゃったんです。615WhZuVCJL._SS500_サザンロックというカテゴリーみたいなものが存在していました。マーシャルタッカーバンドやレイナードスキナード(「スウィートホームアラバマ」が有名)もその仲間といっていいとおもいます。エリック・クラプトンが、クリームを脱退した後、メンフィスあたりを中心に活動していたスタジオミュージシャンたちと親交を深め、のちにデレク・アンド・ドミノスを結成したあたりから、サザンロックは急速に注目されるようになりました。そのなかでも偉才を放っていたのがデュアン・オールマンです。彼の音楽は、いわゆる白人が弾くブルースとは

何かが決定的に違いました。

とくにボトルネックともいわれるスライドギターは彼の十八番で、アルバム『レイラ』では、エリック・クラプトンが弾いているとおもわれていたギターパートはほとんど彼によるものでした。当時、エリック・クラプトンは世界的なロックスターで、デュアン・オールマンは南部の知る人のみぞ知るといったスタジオミュージシャンでしたが、『レイラ』は彼を一躍有名にしました。オールマンブラザーズバンドは、そのあたりからメジャーの仲間入りをします。なかでもこのアルバム『フィルモアイースト』は、名盤とされている一枚です。デレク・アンド・ドミノスは『レイラ』のほかにもう一枚ライブアルバムを出していますが、こちらにはデュアンは参加していません。これがおなじバンドかと耳を疑うほど、彼のいないデレク・アンド・ドミノスは味気のないものになっています。いまだにデュアンのギターは、僕のなかのどこかをわしづかみにしたままになっています。デュアン・オールマンは、僕にとってのただ一人のロックスターで、それはこの先も変わることはないでしょう。419015a03ea010af1b4d3110.L彼は、「EAT A PEACH」のアルバム制作中に、24歳の若さで他界してしまいました。バイク事故でした。バンド活動もノッテきたさなかの悲劇でした。彼の死を一番嘆いていたのがベースのベリーオークリーだと言われていました。実はデュアンは、彼の妻の誕生パーティーの帰り道で事故に会ったのでした。そんな彼はデュアンの事故のちょうど一年後に、やはりバイク事故で亡くなります。運命的なものを感じさせずにはおかない出来事ですね。話はそれますが、サザンオールスターズという名前のヒントは、このサザンロック(キャプリコーンというレーベルが有名だった)にあったのだと僕はおもいます。それくらいサザンロックというのは、いろいろな人たちに影響を与えた、ひとつのムーブメントのようなものだった気がします。(明日以降、もう少しつづけます)

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