教育委員会はこれでいいんかい?

怒り制御できぬ子ら

彫刻刀振り回す/友の顔踏む(朝日新聞 12月1日 朝刊)

大人には計り知れないストレスに小学生は苦しんでいる。大人のストレスと子供のストレスをくらべることが、そもそも無意味である。子供がストレスで死ぬ時代である。子どもの自殺と大人の自殺をくらべて論じることはできない。子供の暴力は年々凶暴化している。いくら鈍感なおとなでも、それはストレスの深さの表れかもしれないくらいの想像はしたほうがいい。つまり、年々、子供を取り巻く環境が悪化してきている。しかし教育委員会はそうは考えないらしい。

「教育委員会でも、子どもに感情のコントロールを覚えさせるための取り組みが始まっている。」(朝日新聞 12月1日 社会欄)

覚えさせる? 子どもに? 感情のコントロールを? 子どもは感情を抑えることを覚えなきゃならない? 怒りたいときだけコントロールして、ではうれしいときはどうしろと?「ああ、その時はかるーく爆発させてよーし!」とでも? 子どもをモノのように考えているのかと疑いたくなる。そんな器用なことが、大人でもむずかしいのに、小学生たちにできると本気で考えているのか。ナンセンスにもほどがある。ところが本気っぽい。

「少子化で大事にされ、他の子どもとの間で我慢を経験することもなく育っている。感情のコントロールができない理由はそこに根ざしている」(朝日新聞12月1日社会欄)

これは都立高校で23年間務めているカウンセラーの発言。あらら。我慢を経験させない環境をつくった大人の方をコントロールするとは考えないらしい。子どもをコントロールするくらいなら、まずは大人からやってみてはどうですか、という意見は黙殺されるのか。

環境が子どもを凶暴化させている

とは考えられない無能の集団が発言権をもっているのか。 環境を変えずに子どもの方を変えるなんて。

先ほどの教育委員会の話のつづき。これはすごい。

「次の日曜日に水泳の大会があるが、友達から『次の日曜、一緒に遊ばないか?』と誘われた。どうする?」。さいたま市教委の用意した「上手に断る」ための授業には、こんな例題がある。小3から中1まで、市立の小中学校のすべてで実施しているプログラムだ。 まず「ごめん」と残念な気持ちを伝えて、「その日は水泳大会なんだ」と理由を言う。そして「だから遊ばれない」と断り、最後に「再来週は遊ぼう」と代案を言う。この4段階が必要だと伝える。 「暴力行為、不登校、いじめ。どれも子どものコミュニケーション能力不足に根がある」と同市教委。そこを解きほぐす指導が重要という考えだ。・・・

こんなことをマジでやってるんですかね? もしもこれができるようなら、日本のサラリーマンは、酒など飲まずに、もっとまともな日々をおくれるんじゃないですか。

あの〜、コミュニケーション不足に悩んでいるのは子どもだけじゃない、大人だって相当悩んでいる、ということを教育委員会は考えたことがないのだろうかね。ここまで読んでいて、教育委員会の面々がとてもじゃないけれどコミュニケーション巧者にはおもえない。日本の学校教育は、こんなことで、こんな人たちが先頭にいて、本当に大丈夫なのか? 学力以前に、子どもの精神を殺してしまわないだろうかと心配になります。

蒸し返すようだけど、こんなことで子どもとコミュニケーションがとれるとおもっている教育委員会の浅はかさは深刻ではないだろうか。本心は別の所にあるけれど、子どもたちの暴力についての何かしらの対応を役所的にしようとするとこういうことを言わなければならない状況に追い込まれる、ということでしょうか? でもそれでは子どもたちがいい迷惑ですよね。それにしてもすごいところになってしまいましたね、学校っていうのは。これだけでも暴れたくなる気持ちがわかります。

あしたも、ぜんぶ、生きようね。おやすみなさい、悪いコたち。

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