自分らしさは何ですか? といった不意のファウルボールみたいな質問が飛んでくることがある。そんなことを聞いてどうするんだろうか。僕のウィキペディアでも作ってくれるんだろうか。だいたい人前で自分らしさなんて恥ずかしくて言えない。でもどうしようもないときは、「手」と答える。悲しかったり、失望に包まれると、僕はじっと手を見つめていることがおおい。そこに希望が見えるわけではないけれど、凝縮された分身のようで、僕という存在と向き合っているようなかんじがするんじゃないか(とおもう)。そして意外にも「手」という答えは腑に落ちるらしい。そう感じている人も少なくないのかもしれないし、何を言っているのかさっぱり理解されていないだけかもしれない。「ハンサムな手ね」と褒められるのは、ちょっといいものだ。でもやっぱり自分のことは、自分じゃあわからないね。
あしたも、ぜんぶ、生きようね。おやすみなさい、悪いコたち。

