キミは〜

禁酒がつづいています。そのおかげか、最近物覚えがいいのです。店のなかの会話もよく覚えています。なにしろ酒を飲まないんだから。ということはバーテンダーは、飲まない上に客の正面に位置しているのだから、カウンターの客がいくら声を低くしたところで、話は筒抜けでしょう。ああ、バーって怖い。

前回に続き、某焼鳥屋でのこと。例の男女が帰った後、僕の後ろの席からやけに大きな声が聞こえてきました。それは酔客特有のやや呂律のあやしくなってきたかんじでした。

「いやしかしキミは〜・・・あれだね・・・、キミは〜、ここにいない人のことは、ビシッと言うね・・・、なんていうか〜、キミは、ここにいない人には厳しいねぇ〜」

あまりといえばあまりの大胆な話の切り出し方に驚き、いったいどんな人が話しているのかどうしても顔を見たくなってしまいました。席の後ろのカバンから携帯電話をとるふりをしながら声のするほうに目をやると、話していたのは40後半といったかんじのやや頭頂部が薄くなったサラリーマン風の男性 でした。

「そのぉ〜、キミは〜、大胆というか強気だね。実に強気!」

ややオーバーアクション気味になってきたおっさんの顔は真剣そのもの。薄い髪の指揮者といったかんじなのです。

「キミは〜、でも面と向かうと謙虚だよね」

キミは〜、と言わないと次の言葉が出てこないようで、その独特のしゃべりのリズムが変に耳についてしまいました。

「キミは〜・・・いないと強気。いると謙虚」(ゲ! 大丈夫か? この成り行き・・・一触即発か?)

「キミは〜、その2面性が、素晴らしい!」

あー、コレは完全にケンカになるなって思いながら背中でその続きを聞いていました。しかし相手は反論する気配がありません。わりと体格のいい若者でした。彼はやや目線を落とすようにしてうなずいています。まだ20代後半くらいでしょうか。たぶんサラリーマン風の頭頂部の薄いオヤジなど軽くぶっ飛ばせるでしょう。しかしその若者はじっと座ったままでした。

それでわかりました。ああ、やっぱりそうなんです。オヤジの言っている通りだったんです。『キミは面と向かうと謙虚』飲まないで焼鳥屋に行ってなにが楽しいのか、と禁酒をしている自分を蔑んでいましたが、これがけっこうおもしろいんです。またウーロン茶でねばってみよっと。

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