スーツを脱いだ大人は、どう見えるか?
先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)の開幕セレモニーでの菅直人副総理兼財務相。世界経済の現状について意見交換した(5日、カナダ・イカルウィット) 【AFP=時事】
G7がカナダで開催中です。この日のニュースは、各国の首脳クラスが「私服に着替えて」会する様子が報じられました。みなさんスーツを脱いで、カジュアルないでたち。そのせいか、会議の雰囲気も和気あいあい・・というか、ゴルフが終わって一杯やりながらの納会のようにも見えなくありません(もちろん僕の個人的感想)。カジュアル・フライデーで困るのは、得意先のエレベータで乗り合わせたみすぼらしく見えるおっさんが、実はその会社の重役だったりすること。スーツを脱いじゃうと、とたんにおっさん化してしまう人がいます。ゴルフウェア風のちぐはぐなスタイルだったり、ただネクタイをはずしただけでカジュアルを気取る服装は、中身の「おっさん度」をむき出しにします。そういう人は、スーツという鎧を脱ぐと一回りも二回りも小さく見えてしまい、ふいに遭遇したこちらとしては、なんとも受け身のとりようがないときがあります。スーツじゃないときのほうがカッコイイ人になりたい。そうおもう一方で、スーツのような服装をする理由の一つには相手への敬意という要素があるともおもいます。自分を殺してでも、不必要な警戒をさせないという気遣い、個人としての主張を控えるという側面もスーツにはあるでしょうね。「仕事をしている姿が一番ステキ」とはよく聞く言葉ですが、これからは、遊んでいる姿が一番ステキ、になれないかなとおもうんです。まあ、仕事=スーツとは限りませんね。それに仕事をおそろかにするとかいい加減にやるという意味ではないんですよ。たとえば「仕事の時はいざ知らず、遊びになると優雅」。こんなことを言われたいな、とおもうわけです。仕事の発散として遊びがあるのではなく、私的な時間が中心にある生活がはじまればいい。もちろん、これは了見の浅い僕の願望であり理想でしかないのですけどね。しかしスーツって、こうして考えてみても凄い発明です。あえていいますが、どんな人でもいいスーツを着れば着るだけ、見栄えが良くなる(ある程度は確実に)。反対にカジュアルウェアじゃあ、こうはいきません。有名ブランドでも、価格が高くても、やっぱり中身が一番目立ってしまう(幸か不幸か)。だからジーンズとTシャツが似合う人が一番カッコイイ(気がする)。それにそんな人は、きっとスーツも上手に着こなしてしまう(ともおもう)、でも、あくまでもこれは見た目の話。そういう意味で言うと、スーツ姿で、ふと気を緩めたときに弾くピアノが玄人はだし、というような人が最強かもしれないですね。

