
鮨屋ヘ行った。かつては頻繁に通った店だった。値段は控えめ。カジュアルで、くつろげるところが好きだった。男二人でL時型のカウンターの短い辺のほうへ座った。店内は中年の男女一組だけで、僕たちが入ると、女性の方がなぜかびっくりしたような顔をしてこっちを見ていた。男性は脂ぎったかんじで、会社役員といったところ。女性は小柄だけど、上半身だけ見るとハンマー投げ選手のような体型をしていた。一杯目のビ—ルを飲み終わる頃、新しい客が来た。30代前半くらいのカップルだった。男性は若白髪のようで、物静かなタイプ。女性は明るく、快活なタイプ。何事も彼女がリードするといった印象。店に入ってきたのも女性が先だった。嫌みのないふたりに見えた。カップルは僕たちの斜め右前に着席した。カウンターのそういう位置関係は、よく話が聞こえる。奥にいた中年カップルがコハダを注文した。「シンコはある?」とハンマー投げ女性が聞くと「そろそろシンコはおわりかなぁ」と店主。すると耳を疑うような発言が、次の瞬間、30代カップルの若白髪から飛び出した。「チ◯コって、なんですか?」(シンコの発音で)これにたじろいだ店主は「あはは、チ◯コじゃないですよ、シンコ。やだなぁお客さん、チ◯コ握ってどうすんですか」・・・とは言わなかった。「シンコはコハダの前の状態ね。シンコ、コハダ、ナカズミ、コノシロって成長するのね」と早口で説明した。なんなんだ、こいつは?! 誰だ、お前は?! 留学でもしていて、鮨喰ったことないのか?!そういえば、最初から注文の仕方がヘンだった。「中トロ!お造りで!」と言ったときに気がつけばよかった。アナゴの握りのあと「酢飯にアナゴのタレだけをかけて食べたい」と言ったりもしていた。だいたいチ◯コなんて食い物があるわけないだろ。それとも下ネタのつもりか? 無知にもほどがあるぞ。しかし若白髪はいたって真面目で「ナルホド〜」みたいな顔をして店主の話を聞いている。バカなのか、なんなのかよくわからない。なんだか急速に気持ちが萎えてしまい、それからすぐに店を出た。店を出るときに振り返って若白髪に「チ◯コの握りは好きかい?」とは聞かなかった。
