天声人語(汗)

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『友人とはなんぞや』からはじまる9月17日の天声人語。『友達ができないからと中退する大学生が増えている』という。『友達がいない寂しさより、いない恥ずかしさに耐えられないのだ』そうだ。『「暗いやつ」と見られたくない。周囲の目が気になって学食で一人で食べられない。あげくにトイレで食べるものもいるというから驚かされる』とある。ふーん。『努力したが(友だちづくり)うまくいかない』という学生に対して『1週間努力すれば友だちができると思っていることに驚く』というくだりがある。ン?? 天声人語は、時間をかけて経験を共有して、苦楽を共にしてこそはじめて「友だち」が誕生する、というのが前提なのかな?友だちの定義が、まずもってよくわからない。ちょっと知り合えば、もうそれは友だち? そういう定義もあるだろうね。そしてもう少しグレードアップした場合は、親友予備軍になるのかしらん?友だちは「思春期にしか誕生しないのではないか、それは他人と同方向へ向かう思い入れがピークに達した時に見る共同幻想に近いものだ」という話をどこかで読んだ。なんだかそんな気もする。僕は「友だち」は、一方向の思い込みとおもっている。だからたくさんいてもいいし、いなくてもいい。友だちのいるいないは、あくまでもじぶんの思い込みにすぎない。だから一人で学食で食事をしても恥ずかしくない。むしろ一人の方がいい。「暗いやつ」とおもわれることは苦痛じゃない。「明るい人」というレッテルのほうが面倒くさい。だからトイレまでいってごはんは食べない。友だちがいないと、人とのふれあいがない? そんなことないでしょう。友だちの定義なんてないのだから、友だちかどうかなんて、それぞれの受取り方でどうにでもなるじゃない、と言いたいわけ。だから友だち(とおもい込まなくちゃ)にしか心を開いて話せないという人もいるでしょうし、そうじゃない人もいるとおもうよ。天声人語は『友情とは成長の遅い植物のようなもの。造花を飾って安らぐ心の内が、老婆心ながら気にかかる』と締めくくっているけど、ホント、老婆心だとおもうな。

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